課題1 ESBL畜生耐性細菌に関与する抗菌剤の使用並びに残留実態の解明
薬剤濫用と耐性菌発生との関連で以下の2つの仮説の検証を、微生物学的、薬物学的、人類学・開発学的、保健衛生疫学的に行います。
【活動1-1】食材に関連した畜水産の生産から消費に至る諸過程における耐性菌発生とその拡散:
飼料等への抗菌剤添加は集約的家畜飼育水産養殖において病気の予防や発育促進目的で行われており、本邦や欧米では規制されてはいるがアジア諸国ではその実態は不明です。本活動では、家畜水産場から出荷された食材中での耐性菌の有無や生産から加工、販売に至る過程での抗菌剤と耐性菌の存在状況を解析する。食材生産従事者、当該地域住民の糞便からの耐性菌検出、家族内における耐性菌伝播、保菌者の経年による変化(保菌状態の安定性)の検討も実施します。
ベトナムでは家族で行う小規模な家畜飼育水産養殖が行われており、また住民の生活様式も家畜と濃密な関わりを持ちます。途上国では食材の消費も含め保健衛生学的、人類学・開発学的視点での解析は必須で本研究項目ではこのような点でも取り組みます。畜水産に使用される飼料などからの抗菌剤検出や年間使用量の調査も行います。
【活動1-2】住民の疾患に対する抗菌剤の濫用が耐性菌の発生とその拡散に寄与:
ベトナムを含む多くのアジア諸国で処方箋無しで抗菌剤の購入が広く行われている実態を踏まえた研究活動です。家族ならびに地域ぐるみでの安易で頻繁な抗菌剤の使用は耐性菌発生に効果的と考えられています。また、耐性菌の伝播とその定着には住民の生活様式やその衛生状態を考慮した解析が必要です。地域住民の耐性菌保菌状況、当該地域ならびに参加者の抗菌剤使用状況の調査、生活様式、衛生状況、家族内伝播の有無、また、これらの年次変化を継続的に実施します。
【地域選定と検体収集】
対象地域の選定:ベトナム側と共同して都市部、畜産地域(内陸部)、水産地域(沿岸部)の調査対象地域を選定します。人口1万~数千程度の地域から想定ESBL耐性菌保菌者率よりサンプル数を算定します。当該地域保健管理者の協力のもと、当該地域住民の本研究への参加者募集を地域保健師などの協力のもとに実施(内容の告知とそれへの参加協力を求めるパンフレットの当該地域での事前配布)します。参加者からの検体収集ならびに聞き取り調査場所は地域集会場を利用します。聞き取り調査は、インフォームドコンセントならびに問診(生年月日、住所、性別、出生地、家族構成、居住期間、職業、食習慣含む飲酒、喫煙、病歴、抗菌剤服用経験等)により実施。
生活環境からの検体収集:参加者居住環境の生活水、土壌、自家飼育家畜(ブタ、鶏は地方農村部で多くが庭等で飼育されている)が有る場合は、その糞便もしくは糞便を含む土壌から検体を収集します。
水産家畜飼育場:近隣の水産(養殖場)ならびに家畜飼育場の家畜から直接糞便検体採取さらに給水、排水、糞便を含む土壌、エビ等の養殖場池沈殿物、エビ等の養殖場にあってはエビ個体等も検体として収集します。
食材加工場:当該地域における水産畜産加工場における加工過程の食材から検体を収集します。
食品:当該地域内の食材販売所(市場もしくは移動販売店など)において肉、野菜、水産物(魚、エビ、カニ、貝)などの生食材検体を収集します。
【微生物学的解析】
薬剤耐性菌検出:薬剤耐性菌の分離用培地としては、セフォタキシム(CTX)2 μg/mlを含むMcConkey寒天平板培地もしくは、Chrom ID ESBL培地(ビオメリュー)を使用します。糞便(採取1日以内)は、上記分離用平板に直接塗撒し37°Cで1日培養を行い、生じた集落を単離します。食品と土壌は、検体25 gにバッファード・ペプトン・ウォーター(BPW)培地を225 ml加え、ストマッカーで破砕後、35℃で1日培養する。その上清を上記分離用平板に塗抹し、37°Cで1日培養を行い、生じた集落を単離します。水を検体とする場合は、検体水約200 mlを滅菌フィルターにてろ過集菌し、フィルターを食品と同様BPW培地で増菌後、上記分離用平板で培養し、生じた集落を単離します。
薬剤感受性試験:単離された菌は、Clinical and Laboratory Standards Institute (CLSI)の方法に準拠したクラブラン酸を含むdouble-disk 法によりESBL産生性を解析します。
菌種同定:通常のAPIシステムを含む生化学的試験により菌種の同定を行います。
耐性遺伝子解析:薬剤耐性を示す菌株の浮遊液の煮沸により細菌DNA抽出を行います。得られたDNAを鋳型とする各種耐性遺伝子特異プライマーセット(TEM型、SHV型、CTX-M型ならびにそのgenotyping)を用いたPCR法により遺伝子解析を実施。他の耐性遺伝子解析(B,C,D型β-lactamase)についても同様に実施します。解析の特異性は、PCR産物のシークエンス解析により確認を行います。
検出薬剤耐性菌株間の関連性:検出されたそれぞれの薬剤耐性菌の関連性解析には、chuA, yjaA, TspE4.C2をもとにした系統樹解析、MLST (multi locus sequence typing)ならびにDNAのパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)により検討します。
【薬学的解析】
抗菌剤検出-化学的試験法:家畜から得られた糞便、あるいは肉、野菜、水産物などの生食材検体については、以下の手順で分析を行います。まず、濾紙を敷いたトレイ上に検体を置き、-40℃で凍結した後、24 時間凍結乾燥し、ミキサーで粉砕する。メタノールで10%ホモジネートを作製し、その1 mL を遠心分離後、上清を濾取します。この濾液200 μL に対して内部標準溶液を加え、遠心分離により沈殿を除去後HPLCにて抗菌剤等の薬剤を検出・定量します。生活水や養殖場の給水・排水等の水溶性検体は、アセトニトリルを添加した後濾過し、内標準溶液を加えてHPLCによる測定に付します。定量分析のための標準試料としては、聞き取り調査によって畜産・水産の現場で使用されていることが明確になった抗菌剤を使用します。また、検体から検出された抗菌剤が標準試料と同一のものか確認するため、LC-MSにより検出物質の測定を行う。MS/MS測定を行うことによりフラグメントイオンを生成させ、そのピークパターンが標準試料のものと一致すれば、同一のものと判断できます。
微生物学的試験法:厚労省「畜水産食品中の残留抗生物質簡易検査法(改訂)」を一部改変した方法(堀江他、食衛誌、49:168, 2008)により測定。本試験法は、本邦が定める畜水産食品中に含まれる抗菌性物質の残留基準値(ペニシリン系、セファロスポリン系:0.005~2.0 ppm、マクロライド系:0.05~2.0 ppm、アミノグリコシド系:0.04~2.0 ppm、テトラサイクリン系:0.05~0.6 ppm、キノロン系:0.01~2.0 ppm)を満足させる検出感度を有するもので、Micrococcus luteus ATCC9341, Bacillus subtilis BGA, Geobacillus stearothermophilusを試験菌として用います。
【疫学解析】
解析ソフトSPSSを用いて得られた成績の解析を行います。参加者からの聞き取り調査により得られた質問票は、ベトナム側のスタッフにより英語への変換とエクセル入力を行い、これを基礎データーとします。開発途上国における感染症の疫学解析に豊富な実績を有するDr. Boo Kwa, Professor and Chairman, Department of Global Health, College of Public Health, University of South Florida, USAとの共同研究により、得られた成績の疫学的解析を行います。
【人類学的解析】
耐性菌選択圧力の増大に関係する食物生産環境:畜水産における抗菌剤の使用状況に関してKAP法を用いて行った調査結果、および、複合形態で行われることの多い畜産、水産、農業について資源・廃棄物循環の観点から調査を行った結果を解析し、研究活動1における「食材に関連した畜水産の生産から消費に至る諸過程における耐性菌発生とその拡散」という仮説を具体化し検証するために必要な理解モデルを構築します。
住民の疾病に対する抗菌剤の使用:住民の疾病に対する抗菌剤の使用に関してKAP法を用いて行った調査結果を統計的に処理するとともに、薬の販売・頒布および自己投薬に関してインタビューと参与観察を行った結果を統合し、研究活動2における「住民の疾患に対する抗菌剤の濫用が耐性菌の発生とその拡散に寄与」という仮説を具体化し検証するために必要な理解モデルを構築します。
飲食行動・衛生慣行・疾病観念と耐性菌拡散の関係:現地住民の血液食を含む生食や調理法などの飲食行動、および、手洗いなど衛生慣行についてのKAP法を用いた調査を行い、「病の原因論」「病の予防論」についての人類学的解釈と総合して、特に耐性菌の拡散について必要な理解モデルを構築します。
【開発学的】
マネジメント体制の研究: 抗菌剤・耐性菌・食品安全衛生に関するマネジメント体制について、特に食材流通過程に焦点を当てて、文献と現地調査によるデータ収集を行い、モニタリングシステム構築のために必要な問題点の解析を行います。
人材および人材養成システムの研究:抗菌剤・耐性菌・食品安全衛生に関するマネジメント、モニタリング、研究のために必要な人材の現状と育成について、文献・現地調査によるデータ収集を行い、人材育成とキャパシティデ・ビルディングのために必要な問題点の解析を行います。
リスクコミュニケーション:他の分野の研究で得られた住民の知識・行動・実践および文化社会的背景についてのデータをもとに、抗菌剤の使用および耐性菌への対処についてのリスクコミュニケーションのためのモデルを構築します。