活動成果
2024.02.28
活動成果
【報告】 長崎大学 ニューメキシコ大学短期研修プログラム
【日程】 2024年2月9日~18日
【研修先】アメリカ合衆国ニューメキシコ州 ニューメキシコ大学他
【参加者】学生3名
【プログラム・研修等の内容】
本プログラムは、①海外での臨床薬剤師の活躍を見学し,日本との差異を体験することでもって,高度先導的薬剤師の養成に資すること、②英語によるコミュニケーション能力、異文化に基づく研究・教育の多様性を理解する能力、自ら進んで討議に取り組む主体的な態度などを身に着けることにより、総合的で実践的な英語能力を養うことを目的として実施しているもので、今回で4回目の実施となった。内容は例年通りで、UNM薬学部における教育カリキュラム、薬剤師およびPharmacist Clinicianの役割に関するセミナー、ペインセンター、UNM病院薬剤部、毒性管理センター訪問、地域の薬局訪問、双方向の研究紹介、Project ECHO(多職種協働オンラインカンファ)への参加、A-Fib screening eventの体験、講義の聴講、キャンパスツアーなどであった。参加した学生は、ニューメキシコ州における僻地医療などの医療事情を背景とした薬剤師の重要性の理解やオンラインを活用した医療・教育システム先進的な取り組みなどを通じて、日米の差異を体験した。英語の理解、英語での質問や英語でのプレゼンテーションを通じて、十分に英語でコミュニケーションを取れていた。
【実施した感想】
受け入れ側のUNM教員に何名か入れ替わりがあったものの、先生方がとても親切だった。参加した学生も積極的に質問しコミュニケーションを取ろうという姿勢が顕著で、サクセスフルな研修だった。内容的には例年通りで、本研修プログラムも確立してきたものと考える。今回は参加者全員が薬剤師免許を有する博士課程の学生で、皆、将来有望だと感じた。UNM武田先生にも好評で、今後参加要件に博士課程在学中、または進学の意思を問うことを検討したい。また、臨床経験の豊富な和歌山県立医科大学の岡田浩先生も帯同されたため、要所要所で補足いただけた。運営に関して、参加者人数が多かったためレンタカーを借りて移動した。そのため、受け入れ側であるUNMの負担を少しは軽減できたものと思われる。大きなトラブルもなく、無事に研修を終えることができた。
【参加した感想】
➀参加する前は、米国と日本における薬剤師の違いを肌で感じたいと考えていたが、米国内でも州ごとで大きく異なることを学び、特に薬剤師の職能が拡大されているニューメキシコ州を訪問できたことは大変貴重であった。テクニシャンが調剤を担うことで薬剤師が専門的な業務に専念でき、患者がアクセスしやすい薬剤師が一部の処方や予防接種を担うことで医師が診断などに時間を費やせるという仕組みは非常に合理的であり、全員が患者の健康という同じゴールを目指していることが実感され、感銘を受けた。ただ日本との違いを知るにとどまらず、日本に還元することが私たちの使命である。ニューメキシコ州の良い点を、背景の違いに考慮して取り入れる必要はあるが、薬剤師の価値を他職種や患者に示すことの重要性に変わりはないと考える。卒業後は病院薬剤師として働きたいと考えているが、薬剤師業務に従事するのみならず、薬剤師による貢献をデータとして示すことで、医療・介護従事者の適切なタスク・シフト/シェアを促進し、患者第一の機能的な社会を実現させたい。
➁日本と米国の薬学教育を比較した際に学生の学習する「時間」に圧倒的な差があると感じた。日本の実務実習の約150時間に対し、University of New Mexicoでは1500時間以上の実務実習時間が課されていた。州によっては2000時間の州もあるとのことで卒業時の自力に差があるのは当たり前であると思った。ここで、職業の専門的なスキルを学ぶために大学院として4年間臨床を中心に学ぶ米国と、基礎学問、実務実習と研究を同時に6年間のうちに行う日本との卒業時の自力の大きな違いが生まれていると感じた。
また、「質」について、OSCEにおける違いから差があると感じた。日本では評価項目について各論で評価がされるのに対して、米国では4つの評価に基づいて総合的に判断し、4つの内一つでも7割を下回ってしまうと留年という日本よりも厳密かつ総合的な実践力の求められる仕組みであると感じた。
授業の雰囲気は現在の長崎大学薬学部と同様に、予習復習がばっちりで積極的な学生もいれば、スマホを触っていたりパンを食べていたりするような緩い学生もいた。
講義に参加する機会があり、中でも教員2名によるロールモデルやシミュレーションが具体的かつ臨床経験に基づくようなハイレベルなものを見ることができた。また、それを見て学生間で課題や解決策を模索する講義を通して、複雑な医療システムの中で役立つ力を身に着けることができるのであると考えた。
日本と米国の薬剤師の働き方の違いで最も大きいのはやはりPharmacist Clinician取得者の病院での働き方であった。また、ファーストは医師であり、セカンドから薬剤師の面談・処方になる仕組みは画期的であり、日本では在宅の現場で(薬剤師が処方に貢献できるエビデンスがより増えれば?)応用できるのではないかと思った。
薬学部の教員になった際に取り入れたいこととして、臨床で働いている薬剤師から実際に起こった問題・危機的な現場を抽出させていただき、ロールモデルを作って学生間で実際にどう対応するべきかを考えるような講義を増やしたいと思った。
➂米国の薬剤師の働きを理解する上で重要であると学んだことの1つは、州ごとの医療環境、医療制度の特色である。国が全地域の医療制度を一括に取り決める日本とは異なり、米国では各州がその州法に基づいて薬剤師が関わる法律を決める権限を持つため、地域ごとの特色と医療者の声が直接医療の仕組みに反映されやすい利点がある。本プログラムで訪れたNM州は、広大な土地を持つ一方で、人口が少なく医療が行き渡りにくい環境を打開するべく、米国内でもかなり早期から薬剤師が多様な役割を果たしている場所であり、先進的な薬剤師教育が行われている。そのため、日本の薬学教育に活かすべき点が多くあると感じた。
NM州とその他3つの州で活用されている仕組みとして、まず取り上げるべき薬剤師の特色はAdvanced pharmacist practiceである。NM州ではPharmacist Clinician (PhC)とIndependent Pharmacist Prescriptive Authorityの仕組みが認められている。PhCについては1993年から施行が始まり、指導医師・薬剤師の指導のもと決められたプロトコルに従って、薬剤師が直接、患者の診察、薬の処方や検査オーダーを行うことができるものである。これにより、薬剤師は薬の専門家として、薬の有効性や副作用の評価を適切に行うことができ、さらに慢性期患者の治療を薬剤師が担うことで、医師を急性期の治療に専念させることを可能にしている。Independent pharmacist prescriptive authorityは2001年から施行され、予防接種、避妊薬の処方、禁煙治療、ツベルクリン反応検査、ナロキソン処方、HIV曝露後予防内服処方、インフルエンザやCOVIDなどの感染症の検査と処方を薬剤師が行うことを可能にしている。さらに、今現在もBoard of medicineにかけ合って、HIVや一部の尿路感染の検査、治療についても承認の幅を広げる取り組みがなされている。これら取り組みが成功してきた理由には、これらの資格を得るために通常の薬剤師教育に追加して臨床経験や各プロトコルに対するトレーニングを課して薬剤師による医療行為の質の保証に取り組んでいること、これらの取り組みが実際医師の負担軽減や患者の治療実績の向上につながっていることや地域の医師がこれら取り組みに賛同していることを実際のデータとして取得、証明していることが挙げられる。本プログラム内で、ペインセンターにおいて薬剤師が患者を診療する場面を実際に目にしたが、各患者が服用している薬、新たに処方される薬について、非常に細かくチェックしており、患者とコミュニケーションをとりながら、患者のQOL改善につながっているのか、有効性や副作用を適切に評価するために必要な検査や質問を、総合的な薬学知識を駆使して迅速に判断しており、薬剤師が発揮できる職能をフルに活用していることが伝わってきた。それは患者側にも伝わっており、服用中の薬についての悩みやOTCで手に入る薬についての質問などを患者が積極的に相談しているのが印象的で、薬剤師が患者との信頼関係を築いており、それがアドヒアランス向上につながっていることが窺えた。このように、「薬剤師の役割の幅を広げ、その成果をデータで証明し、それ基づいてさらに医療の仕組みを変える」という流れは、まさに今日本の医療に必要な流れであり、NM州での取り組みの結果から学んで、既存のやり方にとらわれずに薬剤師の機能を積極的に活用させることが必要なのではと感じざるを得ない。
日本の薬剤師の職能が評価されにくいもう一つの理由として、薬剤師教育の違いがあると感じる。NM州では、薬剤師免許取得後も定期的に継続的な専門教育を受け、知識をアップデートすることを義務付けられている。また、薬剤師免許(PharmD)取得のための教育は大学院で行われる課程であり、基礎的な科学の知識などは大学で取得した後に、より臨床に即した内容の教育を受けて初めて免許取得の資格が与えられることとなる。日本では、薬学教育が6年制に移行した一方で、卒業までの臨床経験は最低限となっており、免許取得後に就職する薬局、病院に臨床経験の大部分が任せられている印象が拭えない。これは、実習生を受けいれる医療機関の負担にも関わっていると感じる。NM州の薬局、病院のスタッフは実習生や卒後のレジデント生を受け入れることに非常に積極的であることが印象的であったが、これは臨床実習で実力をしっかりつけた実習生が参加することで教員側も生徒から学ぶ機会になるという関係性があることを感じた。さらに、大学での授業は現場で実際に働く薬剤師や、薬局の経営者、製薬産業などの薬学の現場に携わる人材が担当しており、現場の声に基づいた教育がなされている。これは薬学以外にも米国と日本の教育の違いとしてよく議論される点であるが、グループワークやロールプレイ、アクティブラーニングを積極的に採用しているため、臨床の事例にどう対応するか、現場で必要とされる思考やコミュニケーション能力がより身に付きやすいと感じる。また、薬に対する専門知識はもちろん、患者のQOLや現場のどのような場面で薬剤師の職能が試されるのかを意識した教育であり、薬剤師が医療のより根幹に関わる立場になる上で不可欠な医療者としての感覚が身につきやすい。これは、日本の薬剤師教育に不足している点として挙げられる。
一方、米国、特にNM州も、独自の薬剤師に関わる問題を抱えている。まず、米国では医療保険の仕組みが複雑化しており、患者によってカバーされる薬が異なることや、prior authorizationの必要性がある。これは医療が適切に国民に行き渡りにくいという問題であると同時に、薬剤師が個々の患者の保険のきく範囲でどの薬を選択するか、副作用の個人差や相互作用を考慮しながら決定するという職能を発揮することでカバーされている部分でもある。また、医療保険の複雑さは、Pharmacy Benefit Management (PBM)という第三者機関を通した医療機関、製薬企業、保険会社のやりとりのシステムを作り出すこととなったが、利益を追求するPBMによって医療費が高くなったり、薬局経営が困難になる問題が発生している。PBM会社の経営の不透明性を解決するために、一部のPBMに独占されず、より透明性のある経営を行うPBM企業が進出できる環境を作ろうとしているが、製薬企業や医療機関とのつながりの独占状態は根深く、解決には長い道のりを要すると考えられている。そのため、薬局は各々の方法で生き残るための道を模索しており、compound pharmacyによる保険外の調剤に集中する薬局、調剤以外に嗜好品の販売や抗がん剤の副作用によるQOLの低下を美容の観点から改善するサービス、アプリを活用した利便性の追求によって経営を見直す薬局、行政と提携しながら地域に根付いた疾患予防・治療プログラムを提供する薬局などがあることを、実際の薬局を見学して知ることができた。
次に、NM州の人口構成の特色として、ヒスパニック系が約50%、ネイティブアメリカン系が約10%を占めており、さらには宗教的、文化的、そしてジェンダーの多様性が幅広いことが挙げられる。医療者は、こうした幅広い文化背景をもつそれぞれの患者のニーズに対応した医療を提供しなければならない。このため、地域薬局には伝統医療に基づいたハーブやhomeopathyに由来する製品も用意されており、NM大学の授業でもcuranderismoなどの伝統医療への理解を深める授業が用意されていることを学んだ。
他に、米国で大きな問題となっている点として、薬物乱用・オーバードーズが挙げられる。特にNM州はオピオイド乱用による死者数が最も高い州となっている。PTP包装が主流の日本とは異なり、企業の利益追求の観点から、薬は大きなボトルで大量に販売されている。OTC医薬品では、日本ではOTC販売が承認されていない成分・用量のものもあり、購入する人々もその危険性を意識せず気軽に服用している現状から、オーバードーズに繋がりやすい環境がある。さらに、NM州では2022年に大麻のrecreational useが合法化され、乱用が助長されている。これに対し、米国はPoison control centerを各州に配置し、コールセンターを通じて患者・患者家族と医療者・医療機関の双方から、毒物摂取やオーバードーズによる緊急の連絡から入院後の患者のフォローアップまで相談を受けている。相談にはToxicologyの専門教育を受けた薬剤師が対応しており、7年ごとに資格の更新も実施している。
このように、米国と日本にはさまざまな医療環境の違いが存在し、本プログラムを通して現場の声を知ることで、日本の薬剤師の形について見直すという目的を達成することができた。日本での薬剤師教育、そして本プログラムに参加して初めの頃までに抱いてきた一番の疑問に、「薬剤師に新たな役割を与える時、医師の手助けにとどまらず、薬剤師にしかできない職能を発揮するにはどうすべきなのか」というものがあった。本プログラムで学んだ経験から、2つ、薬剤師にしかできない大きな役割とそれを実現するために必要な事項を見出した。
1つ目は、薬の専門家として、医師とは別に、薬の有効性、副作用、相互作用、服薬状況などを網羅的に確認、管理することである。これは日本・米国の薬剤師ともに長く取り組んできた仕事であるが、未だ医師との相談・指導の元に限定され、特に日本では、薬剤師という役割が十分に活用されていない現状がある。薬剤師の役割を見直していくためには、医師とは独立して、必要ならば検査、処方、剤形や用量の変更を可能にする権利を薬剤師に与え、同時にそれを扱うことができる薬剤師の質を担保するための免許取得までの臨床教育の充実、免許取得後の継続的な教育の義務付けを行うことが必要である。NM州のペインセンターで見てきたように、薬剤師が診療を行い、必要に応じて各専門医と患者をつなぎ、薬剤師が患者が頼り相談できる相手となれるためには、法制と教育の改革が必須である。
2つ目は、薬剤師という職が幅広い医療の現場の問題を解決するポテンシャルを持つことである。調剤業務を専門に行うテクニシャン職、高度医療機関で薬に特化してチーム医療に関わり臨床研究などを先導する薬剤師、現場で働きながら教育機関で授業を受け持つ薬剤師、過疎地域で患者の人生に寄り添い在宅医療など地域を見守る薬剤師、データを集め薬剤師法の改正に取り組む薬剤師、と、薬剤師の可能性は多様で、全てがかけがえのない、そして現在不足している役目である。これを実現するには、薬学に関わる職の専門性をより高め、各人が志す薬剤師の形を実現できるような教育、雇用形態を用意する必要がある。NM州でもPhCを取得する薬剤師は10%程度に限られ、その原因として、PhCになるための臨床経験を積むことができる機関が少ないことや、取得しても結局指導者を見つけることができず職能を活用できない現状が挙げられる。日本でもPhCのような仕組みを導入する場合、先例から学び、専門性を活用できる環境づくりを同時に進める必要がある。また、専門性を増やすという点では、NM州では卒後プログラムが充実しており、すぐに薬剤師として働くか企業の薬学研究者になる他、フェローやレジデントになり教員や臨床に近い研究者を目指す人材が2割程度となっている。フェローやレジデンシーのプログラムも専門性や時期によって様々なパターンが可能である。また、PharmDの資格取得と同時に修士取得を目指すDual programもあることを学んだ。
以上2点に沿った改革を実施する際には、その取り組みの前後の成果をデータ化し、薬剤師の価値を証明、患者と他医療従事者からの薬剤師への信頼を獲得することが必須である。これにより、薬剤師の地位の向上、そして最も重要な、患者に提供される医療の向上につながると考えられる。
NM州で薬剤師が先進的な役割を与えられているのは、長い歴史を経て可能になったものである。こうした先例を無視せず、薬剤師に関わるどの取り組みが実際に成果を上げているのか、どの取り組みが改善を要するのか分析し、これに基づいて取捨選択を行えば、日本で進めるべき薬剤師教育の見直しは何なのか、薬剤師の働き方は何なのか、インセンティブはどこに与えられるべきなのか適切な答えが見えてくることが、本プログラムを通してより明確に感じられた。日本と米国、両者の薬剤師を目にして共通するのは、全ての患者のために、という想いである。これを本質にした改革が早急になされるよう、本プログラムで新たな知見を学んだ自分たちと、これまで学んできた大勢の薬学に関わる人々の危機感の声を届ける力になりたいと思った実習だった。