【報告】長崎大学 薬剤師の先進的役割 in ニューメキシコ州
2020.02.10
【日程】
2020年2月10日〜20日(9泊11日)
【研修先】
ニューメキシコ大学 (The University of New Mexico, UNM)
【参加者】
学生 2名 (長崎大学薬学部薬学科5年・広島大学薬学部薬学科5年)
教員 2名 (長崎大学)
【研修の概要】
アメリカ合衆国ニューメキシコ州のThe University of New Mexico (UNM) College of Pharmacyおよびその関連施設や医療機関において研修を行い,アメリカ合衆国,特にニューメキシコ州における薬剤師の役割や薬剤師教育について学んだ。ニューメキシコ州は,50州の中で最も薬剤師の職域が広い州であり,事前に承認されたプロトコールの下で診断および処方を行うPharmacist Clinicianをはじめ,薬局薬剤師によるワクチン接種や避妊薬処方などが認められている。また,UNMは,これらの高度に教育された薬剤師の育成を担い,先進的な教育および実習システムを有する。
本研修では,UNM病院薬剤部やPoison and Drug Information Centerにおいて薬の専門家として活躍する薬剤師,UNM Pain ClinicやProject Echo (遠隔カンファレンスシステム) においてチーム医療の重要な柱として活躍する薬剤師,Community Pharmacyにおいて地域の最も身近な医療提供者として活躍する薬剤師のそれぞれの働きを学んだ。これらの研修を通して,薬剤師が専門的な知識を活かし幅広い職域で活躍できる存在であることを実感できることを目指した。
さらに,アメリカやUNMの薬剤師教育システムやその成り立ちについて学んだ。その際,UNM薬学部の教員や薬学生と常に意見のやり取りを行い,日米の薬学教育システムの双方の強みや互いに学ぶべき点について自ら気づく機会を設けた。
【実施した感想】
昨年度に引き続き,UNM薬学部において研修を行なった。ニューメキシコは,アメリカの中でも薬剤師の職域が最も広い州であり,また,新たな取り組みが現在も複数展開されていた。そのような環境で,薬剤師が自らアクションを起こして職域を拡大していき,医療チームや地域から受け入れられている様子を知ることができ,学生にとっても薬学生(薬剤師)としての自らの目標をより高く設定する機会になったと思われる。
長崎大学では,今後もUNM薬学部との連携を強化し,双方の強みを活かした教育プログラムの構築を予定している。
【参加学生の感想】
①私は日本での薬局・病院実務実習で学んだことと比較しながら、アメリカの医療現場・薬剤師の役割について学び、将来の日本の薬剤師像について考えを深めていきたいと思い、今回のプログラムに参加させていただきました。
それぞれ特徴の異なる3つの薬局や大学病院薬剤部の見学をさせていただいた中で、一番驚いたことは、日本の薬剤師との業務内容の違いです。アメリカでは、調剤は計量調剤・計量混合調剤を含め、主にpharmacy technician(調剤助手)の方が行っており、薬剤師の方がそれを監査します。監査にはコンピューターやスマートフォンのカメラ機能等が用いられており、調剤業務の効率化が進んでいました。日本においても、調剤において、調剤助手ができる行為が今よりも増えれば、より一層調剤業務が効率化でき、薬剤師の患者と接する時間等、専門的な業務を増やしていけるのではないかと考えました。その他にも、州によって多少違いはありますが、薬剤師がインフルエンザの予防接種や結核検査等を実施することが可能であることを知り、アメリカでは薬剤師の職能が日本よりも幅広いのだと実感しました。
また、各薬局がHbA1cや心房細動等の健康チェック、pharmacogenetics検査、医師からの処方に従った患者個々人に合わせた薬の調合(compounding)、オリジナルブランドのサプリメントの販売等といったそれぞれの独自性を生かして地域住民・患者の薬物治療に貢献していることも学びました。日本では制度・法律上難しいこともありますが、薬局において様々な健康チェック等の導入が進めば、薬局は患者や地域住民の健康サポートにさらに貢献できるのではないかと思いました。
アメリカの医療保険制度では日本の国民皆保険とは違い、患者の入っている医療保険の種類により使用できる医薬品が異なってきます。そのため、ある薬局見学の際には、保険が使えない医薬品が処方されていることが原因で薬の変更を医師に依頼するといった日本では見られない場面にも遭遇しました。アメリカの医療保険制度の場合、保険の種類により受けられる医療が限られてしまうことも十分に考えられるため、保険制度に関しては日本の方が良いのではないかと感じました。
今回の研修を通じて、日本とアメリカの薬学教育、医療現場や薬剤師業務の特徴等について多くのことを学ぶことができました。医療用語等、専門的な英語は難しかったですが、病院・薬局等の職員や大学の先生、学生といった様々な立場の人とお話させていただき、大変有意義な研修となりました。この経験を今後の勉強や将来に生かしていきたいと思います。
最後になりましたが、アメリカの病院・薬局や中毒センターの見学、大学講義の聴講等といった貴重な経験をさせてくださった長崎大学・ニューメキシコ大学の先生方・関係者の皆様に改めて感謝申し上げます。
②まず驚いたのはニューメキシコ州の薬剤師が調剤、服薬指導などの業務の他に幅広い役割を持っているということだ。具体的には予防接種、ツベルクリン検査の実施、禁煙治療薬、緊急避妊薬、ホルモン避妊薬などの生活補助薬やオピオイド拮抗薬であるナロキソンの販売である。これらは診断基準、処方薬が明確に規定されており、医師だけでなく薬剤師も遂行できるとして薬学教育に組み込まれた。さらに現在はインフルエンザとA型連鎖球菌の治療薬の処方権が新たな候補として挙げられている。加えてpharmacist clinicianはフィジカルアセスメントや心房細動のスクリーニング、HIV検査、健康診断などが実施できる。また私がUNM研修に参加していた期間中にHouse Bill-42という薬剤師による予防接種などの医療行為に対して技術料を請求できる法令が認められ、ニューメキシコ州での薬剤師の役割拡大における重大な一歩となった。今回の研修ではWalgreenとMenaul compounding pharmacy、Duran central pharmacyという3つの薬局の見学をさせていただいた。Duran pharmacyは特に他の薬局との差別化を図ろうとしている薬局で、月に1回薬局を訪問する日を予約し患者さんのアドヒアランス向上を図るmedication synchronizationの実施、コレステロール値、血圧、HbA1cの測定、さらに代謝酵素であるCYPの遺伝子検査を実施していた。他にも代替医療としてハーブや閉塞性動脈硬化症患者さんへの専用のソックス、乳がんにおけるリンパ節切除後のアームバンド使用に対するカウンセリングを行っていた。Menaul central pharmacyでは患者さんのニーズに合わせて主にホルモン剤、鎮痛薬、動物用の製剤を数多く作っていた。驚いたのはその設備だ。薬局のなかにはクリーンベンチ、用途別の安全キャビネットがあり、そのすべてをtechnicianが行うことが出来る。それは病院で働くtechnicianにも共通していて院内製剤を始め抗がん剤、TPNの調製も可能である。その代わり薬在師はtechnicianが調剤する薬の鑑査を行い、入院がほぼ1日という患者さんの入れ替わりが激しい状況下ですべての患者さんに対して服薬指導を行うなどより専門性を活かせる業務に従事していた。またニューメキシコ大学における薬学教育カリキュラムも日本と大きく違っていた。そもそもアメリカの薬学部は大学院大学でありprerequisiteを終えてから入学できる大学で、臨床薬剤師として必要とされる科目に特化したカリキュラムが組まれていた。その中で特に良いと思ったのが実務実習が学年で1クールずつ、計3回に分けて行われる点である。学年ごとに求められることが異なり、その学年で学んだことを実践でき、少しずつレベルアップを図るという仕組みになっていた。しかしニューメキシコ大学では日本のように研究することが必須ではなく、研究室に所属して研究を行う学生がほとんどいないというのが現状である。研究の点では日本はニューメキシコ大学よりも教育されており、薬剤師としての業務においてより研究力を生かしていくべきだと感じた。
ニューメキシコ州と日本では環境や文化、制度が異なるためニューメキシコ州で薬剤師が行っていた役割をそのまま日本で適応できるわけではない。しかしニューメキシコ州では医師不足による医療の過疎化や麻薬のoverdose問題に直面した際、問題の根本的な解決のために医師や薬剤師、看護師だけでなく心理学者など多職種がそれぞれ自分の専門性を活かし、常に他に出来ることを探し、その実現に向けて臨機応変に新たな制度の導入のために活動していた。日本では今薬剤師が起これている状況が変革の時期にあり、薬剤師としての役割について再度考えるべきときが来ているように思う。ニューメキシコ州の薬剤師のように薬剤師として何ができるか自分で考え、行動することが求められているのではないかと感じた。
今回UNM研修では普段日本では体験することができない経験をすることができ、今後のキャリアを考えるうえでも大きな分岐点となりました。このような貴重な機会を与えておただき誠にありがとうございました。UNM研修の実施に当たって協力していただいたすべての方々に感謝申し上げます。