【報告】熊本大学  メディポリス国際陽子線治療センター研修

2019.03.18

日程:
2019年3月4日~5日

研修先:
一般社団法人 メディポリス医学研究所 メディポリス国際陽子線治療センター(鹿児島県指宿市)

概要:
医療の革新的な進歩により、がんに対する多様な新規治療法が開発され、がん患者が様々な治療戦略の中から最適な治療法を選択できる時代になりつつある。本研修では、薬学的観点から最新のがん治療の動向・現状を把握し、個々の患者に最適ながん治療を実施するための最新の知識を修得することを目的とし、がん治療における最先端の陽子線治療を実施している「一般社団法人 メディポリス医学研究所 メディポリス国際陽子線治療センター」にて、下記のプログラムに従って研修を実施した。
【施設見学】
・湯之前 清和博士(同センター薬剤科):同センターの治療室および回転ガントリーなどの概説・見学
【講演会】
・荻野 尚博士(同センター長):陽子線治療の原理や他の治療法(X線治療、外科的処置)との比較、同センターの特徴や治療成果などの講演
・本田 一文博士(国立がん研究センター研究所 早期診断バイオマーカー開発部門):がん治療におけるバイオマーカーの必要性、その開発から実用化にいたる戦略、海外との連携システムなどの講演
・湯之前 清和博士(同センター薬剤科):同センターにおける薬剤師の役割、特に、薬剤師が医科歯科連携を促進し、がん治療に伴う有害事象の軽減、患者のQuality of Life向上に貢献した取組の紹介
【意見交換会】
・講師と参加学生との意見交換会

実施した感想:
 現時点では、陽子線治療は認知度が低く、国公立5大学から参加した学生にとって初めて見聞きすることが多く、知的好奇心を大いにかき立てられたようであった。参加学生から提出された報告書を通読すると、学生の所属分野、研究テーマ、学年は異なるが、それぞれの思いを抱いて本研修に参加し、他大学学生との交流も含めた貴重な体験を通して、研修内容に大いに満足した様子であった。また、講演会や意見交換会では、参加学生からの的を射た、多岐にわたる質問に対して、各講師がひとつひとつ丁寧にお答えいただき、参加者全員の理解度が深まったものと思われる。
 さらに、少人数研修の利点である、互いの距離が近いことを活かして、フォーマルな学会などでは聴けないような取組の細部にわたる内容や裏話・苦労話、大切にしている思いなどを、各講師が学生に直接熱く語りかけてくださったので、参加学生のモチベーションが鼓舞されたようである。
 最後に、本研修を実施するに当たり、一般社団法人メディポリス医学研究所 メディポリス国際陽子線治療センターから多大なるご支援・ご協力を賜りました。心から感謝いたします。さらに、昨年に引き続き、研修全体をコーディネートしてくださった湯之前博士のお人柄と臨機応変な対応によって、参加学生にとってオンデマンド型の有意義な研修が実施されたことを、この場をお借りして感謝申し上げます。

参加学生の感想(抜粋):
①陽子線治療はX線治療に比べて表皮や他の臓器への影響が少なく、狙った深度でエネルギーを放出できるため、周辺臓器や神経への影響が少ない点で非常に魅力的に感じた。現在では試験に必要な症例数の少なさや費用の問題がまだあるが、将来的にはこれらの問題は解決され、がん治療に大きく貢献する治療法になると強く考えている。
薬剤師の湯之前先生のお話では、薬剤師の行動から医療チーム全体が安心して患者の疼痛管理ができるように方針を固めた事が、1人の行動で大きな組織を変えた例として印象に残った。
薬剤師にあまり関係はないと思いながらもがん治療に興味があった為参加した今回の研修は、魅力的な陽子線治療法とセンターで勤務される薬剤師の方の働きについて学ぶ事ができ、非常に有意義な機会となった。今回の研修を、薬学部生として癌に対する研究のヒントにしたいと考えている。

②私は陽子線治療というものを全く理解していなかったが、従来の放射線治療との違い(治療効果・メリット等)や、陽子線を腫瘍に照射するためにどういう仕組みを用いているのかなど実際に施設を見ながら学ぶことで理解することが出来ました。また、荻野先生の講演では陽子線とは直接関係ないが、外科医と放射線医では同じ疾患に対しての治療法を考える上でも考え方に差があるということや患者ががんの治療法を自分で選択することが困難であるといった話が印象的で、パターナリズムに基づいた医療から共有意思決定の医療を目指していく中で、医療者の患者への情報提供の仕方はもちろん、それだけでなく医療者に頼り切りではなく患者が自分の治療を自分で選択できるように患者側の意識変化も必要だなと思い、医療について広く考えるいい機会になりました。本田先生の講演では、バイオマーカー等の開発が使うべき患者に絞って薬を使えるようになり医療費の削減につながるというのは考えたことがなかったので、講演を聞いて自分の中で新たな視点が見つかりました。湯之前先生のご講演で、医科歯科連携の話や疼痛管理といった患者さんの副作用ケアの話を聞き、このセンターでの薬剤師の役割を知ることができ、実際に同じ大学を卒業された先輩の活躍されている姿を見ることができ、いい刺激になりました。
今回の研修は、陽子線治療はもちろんのこと、バイオマーカー開発の話から臨床の症例まで幅広い分野の専門家の意見を聞くことができ非常に勉強になり参加してよかったです。

③本研修に参加し、陽子線治療の特徴、他の放射線治療との違い、現在までの治療成績や利点などについて深く学習することができた。陽子線治療は水素の原子核を利用した放射線である。水素ガスより取り出した水素原子イオンをシンクロトロンという加速装置を用いて、光速の70%まで加速したのち、回転ガントリー装置で病巣部位に向けて陽子線を照射する。陽子線はX線と異なり、標的の腫瘍部位に線量のピークをもってくることができるため、治療部位に集中的に線量を照射しつつ、周囲の正常組織への影響を軽減することが可能である。また、腫瘍の形状や、体表面からの深さに合わせて陽子線の広がりを調整するボーラスを用いて正常組織への影響を少なくする。そのため、一般的な放射線治療と比較して、晩期障害や誘発がんなどの有害事象の発生リスクを軽減することができる。現在、陽子線治療が公的医療保険適用となっているのは、頭頚部腫瘍、前立腺がん、骨軟部腫瘍、小児がんの4つと少ない。
今回の研修を通して、大学の講義等ではあまり教わることのない先進医療に関して、治療の流れや治療成績、費用などの実情を知ることができた。また、陽子線治療の特徴、メリット、デメリット等についても知識を深めることができた。これまであまり学習する機会のなかった放射線治療、陽子線治療について見識を深めることができたことはとても意義深く、将来、患者さんと接する際にぜひ役立てていきたいと考える。

④病院実習を経験したうえで本研修に参加したが、新しく得られるものが多い経験となった。陽子線治療についての事前知識はほとんど無く、非侵襲であるというイメージしかなかった。講義によりX線との違い(DNAの障害様式やブラッグピークなど)や装置・機器(加速器、ガントリー、患者ごとの固定具など)、適応疾患や治療の注意点など(可動性のある臓器には不向き、小児がんでは晩期放射線障害に注意など)、基本的な知識から実際の治療に関するところまでを学ぶことができた。話を聞くと優れた治療であると感じたが、ガントリーの巨大さや装置の管理等を実際に見聞きすることで、運用面での困難も感じることができた。
また、薬剤師の関わりは内科系よりは少ないようであったが、口腔内の副作用への対応というのが例で挙げられていた。抗がん剤や放射線治療の副作用への対応は病院実習でも実際に見てきたが、ここでの医科歯科連携による薬の使用というものは自分にとっては新鮮な取組みであり、特徴的なものであると感じた。
今回の研修で、最新のがん治療の特徴や現状などを知ることができた。バイオマーカーに関する講義に関しても、特徴や取組みなど知らなかったことが多く、実際に研究をしている先生から話を聞けたのは良い機会であった。今回学んだことが今後の研究やその後の進路にどう活きてくるのかは分からないが、視野を広げられたことは確かである。

⑤今回学び、感じたことを3つに分けて整理したいと思う。
 まず1つ目は陽子線治療に関して学んだことから述べる。一般にがん治療に利用される放射線は光子線と粒子線に分かれていてX線やガンマ線は光子線に分類され、陽子線や重粒子線は粒子線に分類される。特に陽子線は水素原子イオンを利用していて、シンクロトロンという加速器で光の速度の60~70%まで加速し、強力な磁力で陽子線を曲げがん病巣にむけて照射する。X線と異なりより体の深部にだけ焦点を当てた治療もできるためがん病変に多くの線量を照射しつつ、周囲の正常組織への影響を軽減することができる。また、陽子線の照射を360°すべてを可能にしているガントリーは直径約12mで大型バス17台分の重さを有しているにも関わらず、大きな音を立てることなくスムーズに動いていて、まさに技術力が注ぎ込まれたものだった。特に驚いたのは頭頚部がんの治療だった。顔の半分ががんによって変形し、手術不可能な患者が陽子線治療によってきれいに元通りの顔に治っていて感動した。一方で、もちろんどんながんに対しても適応可能というわけではなく白血病や胃や大腸のがんは動きのあるものであるので、照射部位が定まらず、適応は今のところない。さらに年齢層も高めで特に妊娠をする可能性のある女性などに提案されないといったこともある。
 2つ目はただの陽子線治療をする場所というわけではなく、リゾート滞在型の治療施設であることだ。心身ともにリラックスしながら治療を受けることで患者のQOLも保たれて信頼も得られているのだろうと感じた。
 3つ目は、他大学の人との交流に関して。私自身こういった研修プログラムに参加したのが初めてで他大学の話を聞くことができてとてもいい刺激になったし、研究をはじめとする様々なことに挑戦してみたいと思うようになった。
 最後にこの研修を通して薬剤師免許を取得しても本当にたくさんの形で医療に貢献できることを再認識することができた。とてもいい経験になったので先生方、企画して頂いた方、メディポリスの方に感謝の意を表したい。

⑥陽子線治療・放射線治療について全く知らない中でこの研修に参加しましたが、一から丁寧にこの治療の特徴・長所から現在の問題点・今後の課題までを説明していただき、非常に貴重な経験をさせていただいたと感じました。センター長は、陽子線治療の臨床試験が現在進行形で動いており課題も見えてきていると話されており、現場の声が聞けたことに感動しつつも実装の難しさを知り少し気持ちが沈みました。その点に関してはがんバイオマーカーの話にも共通した部分があり、探索から社会実装までに十何年もかかったお話はかなりインパクトがありました。研究者は根気強く・しつこくないとできないと本田先生はおっしゃっていましたが、実装までの期間や課題克服の労力を考えると全くその通りだと感じました。陽子線治療の未来は多くのことがこの研修を通して見え、ぜひとも課題を一つ一つクリアして患者の手に届くレベルまで仕上げ、次世代のがん治療の主力・がん根治につながってほしいと感じました。またセンターの薬剤師が非常に少なく、この治療における薬剤師の介入の余地はまだまだあると感じました。確かに内服治療に比べると手術や放射線治療に対する薬学的な領域は少ないと思いますが、支持療法の充実など将来的には欠かせない部分になってくと思うので、陽子線治療の拡大とともに需要が増してくるその時までに薬剤師の活躍の場が整備されてほしいと思い、願わくはその整備に関わりたいと感じました。

⑦メディポリス国際陽子線治療センターはがんに対する放射線療法の中でもまだ認知度が低く、先進医療である陽子線治療を行っているセンターであり、そこでは日頃そこまで薬学部では深く学ぶ機会の多くない放射線療法についての話や、その際に薬剤師がどの段階で介入するのか、また新たなスクリーニング法の開発についても講義を聞いた。中でも興味深かったのは、患者個別の遺伝子型に応じて患者を層別化して臨床試験を行う集団を限定し、臨床試験の効率化・低コスト化を図るために、元々は予後予測に用いられるバイオマーカーであったACTN4を術後化学療法が奏功するかを判断するためのバイオマーカーとして用いるという研究及び、一般的に発見時には治療不能症例が8割程度とされている予後不良の膵癌を初期から発見できるようにApoA2のC末端側構造をバイオマーカーとして用いるという研究である。
一般に新薬の開発において臨床試験を行ってデータを集める際には多額の資金が必要であるために、全例に行うのではなく予め治療が奏功すると考えられる患者集団に対してのみ行うというのはとても経済的であると感じた。また現在、膵癌は初期症状に乏しく画像検査による早期発見も困難であるために死亡リスクが高いので、それに対して早期発見につながる膵病変特異的なバイオマーカーの探索というのは非常に有用であり、臨床応用が期待されるものだと感じた。
さらに今回のメインである陽子線治療は、近傍に存在する重要な神経への影響を考慮すると、一般的な放射線療法の適用が難しい頭頸部がんに対しても副作用を充分に軽減したうえで有効な治療結果を与えうるということと、同時に低侵襲的で患者に対する負担も小さいということから、有用であると考えられる症例に対しては積極的に治療のファースト・チョイスに組み込んでもいいのではないかと感じた。

2日間の研修をコーディネートして下さった湯之前博士(後列左端)と参加学生・随行教職員の全体写真(メディポリス国際陽子線治療センター正面玄関前).jpg

湯之前博士による研修オリエンテーションの様子(メディポリス国際陽子線治療センター会議室).jpg